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『フィクション・ブレイカーズ』感想

GA文庫、西島ふみかるさんの『フィクション・ブレイカーズ』の感想です。重大なネタバレはありませんのでご購入の参考にどうぞ。

題材は面白い

 本作に登場するエンタメ汚染症、妄想に囚われ昏睡状態に陥ってしまい、更には感染者の脳波が周囲に影響を及ぼして次々に伝染していくというなんとも厄介な代物ですが、おそらく私はさっさと発症して速やかに凍結処理されることでしょう。まあ私に限らず現代の日本人は、その多くがその可能性を持ちえているように思いますが。

 そんな患者の精神に潜り込んで、ときに平和的に、ときに強攻策で治療を行うのが、主人公の天津響が職業とする潜入官であり、その相棒として存在するのが、獅子堂世莉が担う監視官。高い適性を持ち、エンタメ汚染症を発症し、凍結させられた家族を救うために奔走する響と、天才と名高く、出世に貪欲な世莉。果たして二人の行く道は――

調理しきれていない感

 所見は、題材は面白いけども登場人物の掘り下げが浅く、どうにも薄っぺらく感じてしまう、といったところでしょうか。記号としてそういう設定が用意されているだけで、実際の人物像に反映されていないというか、いまいち登場人物が安定していないというか。

 この点について思うところを詳細に述べるとどうしてもネタバレに踏み込まざるを得ないのですが、たとえば、ある患者の初回診察の話で、主人公である響は一時的にエンタメに閉じ込められます。が、そこにいたるまでの中で、そうなってしまう理由付けが弱い。感染力が異常に強いからそうなったと言われても、読み手としては少々納得しかねる。後の彼の独白で、婚約者を失った患者と家族を失った響が同種の人間で、だから影響されたのだといわれても、「いや今までそんな兆候あったか?」と疑問符を浮かべてしまいます。

 むしろ響は「エンタメ汚染症によって隔離、凍結処理された家族を助けるため」に潜入官となったわけですから、少なくとも響が「家族を失った」と認識しているとは思えない。患者の婚約者は事故死しているわけですし、確実に助けられない存在と、少なくとも響自身は助けると誓いを立てている存在、この二つには明確な隔たりがあるはずです。

 また、その状況に対する世莉の動きにも腑に落ちない点が。初回診察の時点で二人はそれなりの数の治療を経験している、と書かれてはいますが、本当に書かれているだけです。それを経て二人の間柄が最初の頃と変化したかというとむしろまったく変化がなく、相変わらずいがみ合っています。

 が、響がエンタメに閉じ込められた際に、世莉は危険を顧みずに響の精神に潜ろうとします。ちなみに患者の意識に潜入中の潜入官、その意識に潜るのは結構な危険を伴うらしいです。監視官、要はオペレーターなのだからやめろと周囲に止められながら、結局彼女が周囲のサポートを受けながら潜ることになるのですが……そうまでして響を自分の手で助け出す動機が、果たして彼女にあったのでしょうか?

 出世のため失敗が許されないから? それだけでは弱い。そう記されてはいるものの、だからといって確実性の薄い手段を取ってそれで失敗すればもはや手の施しようがなくなる。天才と呼ばれているのならそれくらい考えが回りそうですが。

 響を憎からず思っている? ここにいたるまでそんな話は一切ありませんでした。

 そういった展開が、他にも散見されます。これ以上は物語の後半部分に突入するので控えますが、要は初期に提示された登場人物達の背景が活かされていないように思えるのです。両者が互いに影響しあって変化が起こったとしても、そのあたりの描写がほとんどないのでこちらとしては違和感を禁じえない。

文章的にも

 加えて文章の緩急が平坦で、“溜め”の要素や疾走感が足りないのもひとつの要因でしょうか。これは以前別の作品の感想にも書いた話ではあるので(過去二回)省略するとして、一冊に対する章の数を減らすか頁数を増やすかして、響と世莉の衝突や和解(があるかどうかはさておき)を丁寧に描いていただければ、冒頭のような印象も薄れるのでしょうが……

2016年9月19日:筒狸

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