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『おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界』感想

 電撃文庫、松村涼哉さんの『おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界』の感想です。ネタバレはありませんのでご購入の参考にどうぞ。

さて誰に勧めよう?

 ……さーてどうしたものか。いや、この話、私は好物なんですがどうにも人に薦められるかと言われるとどうだろうか。少なくとも私の知り合いには薦められない。いや、提示してみてもいい人間は二人ほどいますが、かたやラノベあまり読まない、かたや雑食過ぎて正直何を薦めていいのか分からないという有様。

 SNSに投稿された「中学生を半殺しにした」という偽りの書き込みによって、それまでの平穏を奪われた大村音彦。真実を求めるために逃走する彼と、それを追い詰める少女、榎田陽人。この二人が主人公であり、構成も、章ごとにそれぞれの一人称で描かれています。でありながら、音彦が逃げ続ける理由は終盤まで語られない。一方の陽人が戦う理由は比較的早い段階で明らかにされるものの、彼については中盤以降になって徐々に語られていきます。そこに至るまでに、音彦の平穏は完全に崩壊してしまうわけですが。

 で、何で薦められないかというと、端的に言って終始気味が悪い。書き込みを見て音彦を断罪しようと襲い掛かる人々や、なおも追い詰めようとする彼の“被害者”たち。自ら手を下しながらもその罪を音彦に押し付け、それでもなお“被害者”側の味方を装い続ける陽人。そして逃走する音彦が抱える真実までも。そのどれもが歪で、それでもそうならざるを得なかった彼らはどこに向かうのか。そこに救いはあるのか。

 他にもまあ理由はありまして。こちらは上よりも理由としては薄いんですが、暴力的描写があります。それもファンタジー的なものではなく、特殊警棒やナイフ、竹刀などによる現実的な。もっというなら音彦はそれらに対して素手で対抗するわけですから、想像はたやすいかと。そういうわけで、そういった描写やクスリとする場面すら存在しない暗さを苦手とする方々には薦められません。あとは、音彦と陽人を除くほとんどの登場人物は舞台装置のような扱いですので、暗い雰囲気の群像劇をお望みの方には期待はずれの印象を与えるかもしれません。

果たしてそれは救いだったのか

 しかしながら話の運びはうらやましいほどに巧く、また上記のこともあいまってどんどん読み進められる。他人にも、そして読者にすらも隠し続けてきた真実の所在に音彦が辿り着いたときは薄ら寒さを覚えました。正直なところを言えば苦手とおっしゃる方にも読んでいただきたいところではありますが、無理強いはできますまい。ただ、自分の趣向と反対のものを読んで新しい扉が開かれることもありますので、さあ、さあ(結局薦めている奴)。

 あの結末が果たして彼らにとって救いになりえたのかは各々実際に読んでから判断していただくとして、私からは少しだけ。読み終わってみれば、タイトルと、ページをめくって最初の二行がすべてを物語っていました。

 にしてもこの話、一晩で起こった出来事なんですよね。それを考えるととんでもないな。

2016年9月28日:筒狸

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