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『その10文字を、僕は忘れない』感想

 ダッシュエックス文庫、持崎湯葉さんの『その10文字を、僕は忘れない』の感想です。終盤のネタバレはありませんのでご購入の参考にどうぞ。

ちょっと違う視点

 日々無気力にすごす島崎蒼と、とある事情により一日に十文字以上の言葉を話すことができない少女・宮崎菫。クラスメイトでありながらも接点がなかった二人だったが、偶然の出会いから会話(といっても菫は筆談)を交わすようになり、やがて蒼は、彼女に惹かれていく自分に気づく……

 と、これだけ書くとよくある、少年と、体に不自由のある少女の恋愛小説です。ただし、本作の場合は障害を乗り越えるとかそういう点とは別の角度、健常者ならば誰もが多かれ少なかれ思っていることであろうことに重点が置かれています。

(ここから少々ネタバレに入りますのでご注意)

その気持ち、本物なのか、それとも

 物語の後半、蒼はある人物の発言により、自分の気持ちに疑問を抱くようになります。果たして自分は本当に菫を好きなのか。ただ「かわいそうだ」と同情しているだけなのではないかと。それまでは菫とすごす時間、その一分一秒がすべて幸福で愛おしいものであると感じていた蒼が、それからというもの少しずつおかしくなり始め、ついにはそれが菫にも伝播し、二人は仲違いをしてしまいます。

 読んでいるこちらが恥ずかしくなるほどに丁寧に描写された二人の仲睦まじさ。それを一気にひっくり返したあの一言。それを言い放った人物にその場で言い返せるほど、またそれによって生じたズレを自分で修正できるほど蒼は成熟しておらず、結果としてそれが二人を引き離すこととなってしまう。

 もっとも。それは果たして二人にって悪いことだったのか。あらゆる成長には痛みがつきもの。お互いを傷つけあってしまった二人は、この先どうなるのか――それは実際に読んで、お確かめください。

2016年8月19日:筒狸

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