無銘図書館

元地方書店員が軽めに見る紙媒体の今後

 地方の本屋を利用される方は誰しも疑問に思うことだと思いますが、何故東京と地方とでは発売日にズレが生じるのか。この発売日のズレ、私が子供の頃からすでにそうだったことに加え、かつて書店勤務だった母の時代からそうだったみたいですから、最低でも半世紀は変わっていないということ。そのあたり日本らしいいい加減さというか負の面が垣間見えます。

 ちなみに一般にいう発売日と書店に並ぶ日に乖離があることについては、こちらの記事にある程度詳しく書かれていましたのでご紹介(別サイトに飛びます)。

買いたい本が発売日に書店にない理由が衝撃的…

発売日は地方によって変わる

 実のところ上記の記事に書かれていることがほぼほぼその通りで(実際に書店の人間に聞いているのだから当たり前ですが)、地方の人間にとってはこれがまさに悪の温床。挙句日曜日には入荷がなかったり悪天候などの原因で流通の停滞などが起きたりでもう本当勘弁してくれといったところ。

 ただ、この記事にある『取次(問屋)に入る日から入荷日を推察』ということに関しては少し違っていて、入荷日はその地方によってほとんど明確に決められています。私が住んでいる地方の場合は『取次入荷日≒発売日から雑誌は二日遅れ、書籍は一日遅れ』。『明後日』ではなく『二日遅れ』、『翌日』ではなく『一日遅れ』です。どういうことか。

 先述の通り、日曜日には入荷がありません。つまり、土曜に取次に入った雑誌(我々の場合東京発売日と言っていましたが)は月曜ではなく火曜に入荷します。『明後日』ではなく『明々後日』ですね。

 同様に、土曜に東京発売となった書籍は月曜入荷。東京発売日が分かっていてそのあたりのことを知っていれば推察の必要はありません(実は、書店によってはたまーに他の書店よりも早く入荷しているタイトルもあるんですが、その辺は突っ込んだ話はなしにしましょう)。

二〇一九年三月十九日追記
 二〇一九年に入り、取次の配送環境変更に伴って書籍及び雑誌の入荷日が変更になった地方があります。こちらで把握している限りでは、鳥取・島根・岡山・広島・山口並びに九州地方は、三月三十日出荷分から従来より一日遅くなるとのことです。

全国一斉発売に立ちはだかる壁

 となれば発送するのを早めれば、もしくは発売日当日に出ている地域が発売を遅らせれば全国一斉発売が可能になるのではないか。そう思い至るのは当然の帰結です。実際にそうして全国一斉発売を行っているものがあります。

 ワンピースは最早説明の必要がない大ヒットコミック。これに関しては私の地方でも東京と同時発売です。ただこれの場合、一定以上の売上がほぼ確定しているからこそできることだと思いますが。

 少し古いデータですが、統計局にある出版年鑑のデータによれば二年前の書籍発行点数は約80,000。雑誌は3,600ほど。そしてこのデータにはおそらくコミックが含まれていません。

 加えて、これはあくまで点数ですので実際に発行される数はこれの何倍何十倍にも及ぶでしょう。出版不況と言われる中で実はこれだけの数が世に出回っていることに驚きます。そしておそらく、今年にしても大きな変動はないと思います(手元にその資料がないのでこちらは完全に私の想像ですが)。この量を全国一斉となると、やはり難しいでしょう。

 私は本屋の前はゲーム屋に勤めていました。ゲームの場合はよほどのことがない限りコンシューマは木曜(ポケモンなど一部例外あり)、エロゲは金曜(昔は一部のメーカーが木曜に出していましたが、今は金曜に統一されているようです)に全国一斉発売となります。他に扱ったことがあるものとすればTCGですが、これの場合も発売は全国一斉(公認店限定先行販売などは除きます)です。ただ、これができるのは点数が比較的少ないから。

 ざっくりウィキペディアで調べたところでは、2015年に日本で発売されたコンシューマゲームタイトル数は約460タイトル。この時点で雲泥の差。比較対象になりません。アダルトを含むPCゲームを加えても焼け石に水なのは火を見るよりも明らか。

 現状の取次を介したシステムで発売日を合わせるということは、つまり全国にその商品が行き渡るまで保管できる倉庫が必要であるということ。それもかなりの規模の。それらの建設費から管理運営費など諸々考えると、現実的ではありません。

 では、配送だけしてしまって全国に出版物が行き渡るまで店頭には出さないというシステムはどうか。

 実際ゲームの場合は発売前日までに商品が店に届くようになっていますが、これもやはり厳しい。発売日が来るまで大量の在庫を抱えて置けるだけのスペースは書店にこそありません。

 ちなみに雑誌(というかムックなんですが)のカードゲーマーは、実はTCGを取り扱っている店の場合東京基準の発売日で売り出すことが可能です。こちらは出版流通以外にもTCGとしての流通ルートもあるので。他にもでゅえるメイトなんかは、形態こそ出版物ですが出版の流通ルートではなくTCGの流通ルートに乗っていますので、全国一斉発売可能な書籍ということになります。通常の書店には出ませんが。私がいた書店の場合カードショップも兼ねていました(というか私がTCG担当していました。最後のほうはコミックも兼任していましたが)のででゅえるメイトも仕入れられましたし、カードゲーマーも東京合わせで発売も可能でした。まあ、あくまでメインは書店ですのでカードゲーマーはそちらの流通に任せて、でゅえるメイトは注文が入ったら発注する程度でしたが。

※上記リンクのでゅえるメイトはKindle版です

直接取引

 現状のシステムではどうしても出版物全ての全国一斉発売は不可能。そのシステムを抜本的に改善しなければならないようです。とはいえ取次を介さずというのは難しい。

 勿論出版社によっては各書店と直接やり取りしているところもありますが、流石に業界大手の出版社で直販となると厳しいでしょう。というか、仲介たる取次が消滅した場合、それこそ地方の小さい書店は軒並み店を畳むことになると思います。取次が書店と出版社の間に立ってくれていなければ、書店側は出版社ごとに発注を分けなければならなくなるし、返品に際しても出版社別に箱詰めしなければならなくなる。それにとどまらず、今現在取次が行っている諸々の業務が書店に全て降りてくるとなると……

 少し前に、Amazonが一部の書籍に対して直接取引を行うと言い出し、出版業界を騒がせました(Amazonの宣戦布告 取次通さず出版社との直接取引で攻勢)。

 確かに取次を間に挟まないということは、発注におけるタイムラグの省略につながるでしょうし、売上増も期待できるでしょう。またもっと単純に、取次に支払われていた利益がよそに分配できるという点においてもメリットとなる。

 直接取引といえば、紀伊國屋書店が村上春樹の新刊を大量に直接仕入れたという出来事もありました。

 ただ、あれの場合はAmazonなどのネット販売への対抗措置という意味合いが強く、『出版社→紀伊国屋→取次→各書店』という異例の流通ルートが組まれました。まあ実際にどれだけの効果があったのかはなんとも判断し難いところではありますが。「よくやった!」という声もあれば「余計なことはするな」的な声もあり、そのやり方自体には賛否両論と言ったところですか。

 ただこの手法、デメリットもあります。

 通常出版物は出版社から取次を介しての委託販売という形態。ですが、紀伊国屋が出版社と交わしたのは買切での取引。つまりは返品不可能な取引です。これはすなわち、売れなければそっくりそのまま不良在庫になるということ。ワンピースや件の村上春樹ならともかく、発行される出版物全てに対して買切契約というのはあまりにもデメリットの部分が大きすぎます。

 このあたりのある種大胆な行動に出られるのはAmazonや紀伊国屋だからこそと言うべきでしょう。地方書店に同じことを要求されても困ります。というか無理です。そして、紀伊国屋だって全部が全部買切というのは不可能かと。

新たな手法を

 こうなってくると流通からどうにかするしかありません。とはいえこちらもそう簡単には行かない。

 物流のメインとなるとやはり陸路。全国一斉でかつ不要な費用はかけないとなると、この流通速度を上げるしかない。しかしそうなるとただでさえブラックな印象が強い流通業が更に黒くなることに……それでは駄目。

 こういうのはどうでしょうか。各出版社の書籍発行を包括して行う下請けを全国各地に配置し一帯を担当地域として設定。出版社はウェブを通じてその下請けに原稿を送る。それを、取次から受けた発注を元に出版物を発行し担当地域の各書店に発送。これならば取次を省く必要もありませんし、書店は地方首都圏を問わず発売日に出版物を店頭に並べられる。返品については現状でも『雑誌はここ、書籍はここ、コミックはここ』という風に決められていますのでそれを変更する必要はないでしょう。

 勿論工場の新設や従業員の雇用はどうあがいても必要になりますが、少なくとも『地方書店を救う』『ウェブに対抗する』という意味においては効果はあるように思うのですが。それに、雇用が増えればその分経済活動にプラスに働くでしょうし。

 ……まあお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、要はAmazonの手法に近いです。Amazonの倉庫は全国に存在しており、それが発送から着荷までの迅速さを実現しています。そういう、明らかにプラスになることを色々なところに応用すればいいのになぁと思いつつ、でも結局改善されないんだろうなぁとも考えてしまう。旧態に囚われすぎるというのも日本の悪癖か。

 とはいえ、一個人がすぐに思いつくような手法ですから、誰も提案してみていないとは考えられない。旧態云々以前に、私が気づいていないとんでもないデメリットが存在するのかもしれません。

最強の本棚・電子書籍

 電子書籍は紙の書籍にはない利点が数多くあります。例えばいちいち外に出なくてもすぐさま欲しいものが手に入ること。これはAmazonなんかとも一緒ではありますが、電子書籍は商品到着を待たなくていいので、ダウンロードさえ済ませてしまえばすぐに本を開くことが出来ます。

 しかしそれよりもやはり、電子書籍はデータだからかさばらない点が一番の利点ではないでしょうか。紙媒体の書籍百冊を保管するにはそれなりの本棚が必要ですが、電子書籍百冊の保管で場所に困るという話はありません。そして購入履歴があれば(サイトからデータが消えさえしなければ)、端末から削除したとしてもまたダウンロードできる。これが紙媒体だったら、一度手放した本はもう一度購入するしかありません。その点において経済的にも優しいといっていいでしょう。

紙媒体に勝ち目なし?

 私は電子書籍より紙派です。これは元書店員関係なしに、単にそういう嗜好なだけ。電子書籍も幾つか持ってはいますが、どうにも紙と比べて没入感というか、頭に入ってくる感じがありません。

 ただこれは完全に個人差の話ですし、タブレットなど電子書籍の閲覧に適した端末が発展したことで、結果として紙媒体の売上低迷に繋がっているという状況はあるでしょう。

 では紙媒体はもう滅ぶしかないのか? というとまたそれも違う。

 私のように紙でないと読んだ気になれないという人は一定数以上いますし、紙媒体には紙媒体にしかない利点があります。

 例えば辞書の場合。これが電子書籍、あるいは電子辞書だった場合は目的のものを引くのなら電子のほうが圧倒的に早いでしょう。他方、特に目的はなくなんとなくで単語を調べたい場合は紙媒体に軍配が上がります。適当にページを開けばそこに多数の単語の情報が載っているのですから。

 でも、なんとなくで単語を調べたいとかそういう場面が果たしてあるのかというと……まあ普通はないかもしれません。私自身書いていて「普通はやらないかなあ」なんて思っていました。ただ、辞書ではやらないかもしれませんが、例えば『悪魔辞典』とかそういった辞典系の資料であるならば、そういう機会もあると思います。またクトゥルフ神話TRPGでシナリオを作るときに、先にどんな神話生物や神格を出そうかと漠然と探す際にも、先述のやり方が使えますので紙媒体のほうが有利です。

 また、紙媒体にしかない特性として、付録の存在があります。女性向け雑誌なんかだと化粧品やエコバッグが付録についていたりしますし、男性誌でもファッション系なら財布や鞄がついてくることがあります。子供向けのコロコロコミックなんかカードゲームの体験デッキをつけたりしていますし、女児向けのちゃおやなんかでは漫画家セットと称して割とガチ目のセットを付録にしたこともあります。

 コミックやライトノベルでは限定版の存在もあります。キングダムなんかはフィギュア付限定版を用意したことがあります。これがかなり大きく(フィギュアとしては一般的なサイズでしたが)、もはやどちらがおまけか分からない。

今後更に発展していったら

 しかしやはり利便性で言ったら電子書籍の圧勝です。クトゥルフ神話TRPGの例でいくと、ルールブックなんかは毎回持ち歩くには少々大きいですし、そこにサプリ系が加わってくると重量もかさむ。目的がはっきりしているのなら、電子書籍を利用したほうが懸命でしょう。電子書籍版があるのなら。

 そう。クトゥルフ神話TRPGのルールブックは電子書籍版が存在しません。そしてそれに限らず、電子書籍が存在しないものは多々あります。更に、2017年現在、電撃文庫なんかは電子書籍版は紙媒体の発売日から一ヶ月ほど遅いなど、欲しい本を発売日に電子書籍で、というのは現状まだまだ難しいところがあります(勿論現時点においても電子書籍と紙媒体が同時発売のものもありますが)。

 2019年9月追記

 2019年9月分から、電撃文庫の紙版と電子書籍版の発売日が同日になりました。

 追記ここまで

 付録などの存在を考えるに、出版社側はまだ電子書籍に対してそれほど力を入れる気はないように思います。ただ、先述のような物質ありきの付録ならともかく、ドラマCDなどデータでも可能な付録の場合、今後電子書籍版にも限定版などが誕生する可能性はあります。今のところは総合的にはまだまだ紙媒体に軍配が上がりますが、もし今後出版社が電子書籍重視に傾いて、発売日も紙媒体と一緒になったら、そしてあらゆる書籍が電子書籍化したら……地方書店の苦難は、終わりそうにありません。

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